
まず、ベルリンの壁崩壊以後のルーマニアの政治の流れを概観する。
1989年12月、その年の一連の東欧革命の最後にルーマニアの民主化運動でチャウシェスク独裁政権が倒された。
1992年は初の大統領選挙が行われた。その後中道左派と中道右派とが交互に政権を担当した。
2004年にはNATO(北大西洋条約機構)に加盟、また2007年にはEUに加盟して、西欧寄りの姿勢を取ってきた。
また、ルーマニアはウクライナと650キロにわたる国境を持っており、2022年のロシアのウクライナ侵攻以降、黒海の港がウクライナ産穀物の輸出拠点となり、ウクライナへの軍事支援も行ってきた。
現政権の外交基本方針は、EU・NATO関係および米国との戦略的パートナーシップを外交の基軸に置き、欧州へのさらなる統合(将来のユーロ圏加入、OECD=経済協力開発機構への加入)を目指している(出典:外務省ルーマニア基礎データ)。
さて、2024年11月24日にクラウス・ヴェルナー・ヨハニス大統領の任期満了に伴い実施された大統領選挙(第1回投票)では、泡沫候補と目された親ロシア派のカリン・ジョルジェスク氏が現職の首相ら有力候補を抑え、23%の支持でトップ当選した。
ジョルジェスク氏は「選挙活動費はゼロ」と申告したが、ロシアがジョルジェスク氏を支援するためにティックトック(TikTok)で800件のアカウントを作っていたことが判明し、憲法裁判所は12月にこの投票を無効とした。
ジョルジェスク氏は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を支持し、EUやNATOに対しては否定的な立場をとることで知られており、旧東欧国に新ロシア派大統領誕生かと注目された。
また、ルーマニア国民の投票結果がロシアの選挙介入であからさまに歪められた疑惑が浮上し、ロシアの選挙介入も関心を集めた。
ルーマニア憲法裁判所は2004年12月6日、「公正な選挙の過程が損なわれた」として11月24日に実施された大統領選の1回目投票を無効とし、選挙のやり直しを決定した。
ロシアの干渉が疑われたもので、民主主義国では異例の司法判断となった。
これに対して、「ミュンヘン安全保障会議」(2025年2月14日)で演説した米国のJ・D・バンス副大統領は、ロシアによる選挙干渉に対抗する試みについて、正当な言論を弾圧していると批判した。
親ロシア候補が首位となったルーマニアの大統領選で、同国の憲法裁判所がSNSを使った不正を理由に選挙を無効と判断したことに言及し、「外国からの数十万ドルのデジタル広告で民主主義が破壊されるなら、もともとそれほど強固ではなかったということだ」と持論を展開した。
バンス副大統領の発言はさておき、権威主義国家が他国の選挙に干渉する問題は、日本にとっても他人事ではない。他国からのSNSなどを使う選挙への介入は巧妙になっている。
ルーマニア政府はロシアとみられる選挙干渉を許した反省から、やり直し選挙に向けて多くの手を打った。
緊急法令でSNSのプラットフォーマーに政治広告なのにそう明記されていないコンテンツの削除を義務付けた。偽情報による広告も削除を命じるなど選挙関連コンテンツの監視を強めた。
そして、2025年5月18日に実施されたやり直し選挙の決選投票では、大方の予想に反して、無所属で中道の現ブカレスト市長のニクショル・ダン氏が、極右のルーマニア統一同盟(AUR)候補のジョルジェ・シミオン氏を破って勝利した。
ダン氏は、選挙戦で親EU・親NATO路線を支持し、特にウクライナへの支援を継続する意向や、行政改革や政治安定に努めることを表明していた。
今回の親EU派による逆転勝利は、EUやNATOにとっては胸をなでおろす結果となった。
本稿では、ルーマニアの大統領選挙の顛末とロシアの選挙介入の実態について述べてみたい。
ロシアの選挙介入については、ルーマニアの大統領選挙だけでなく米国の2016年と2024年大統領選挙への介入についても触れてみたい。
以下、初めにルーマニア大統領選挙の顛末について述べる。次に、ロシアの米国およびルーマニアへの選挙介入の実態について述べる。