
「平成の経営の神様」「新・経営の神様」と呼ばれた稲盛和夫氏。しかし26歳で創業した京セラは、順風満帆のスタートではなかった。給与や賞与について従業員たちから責められた経験から若き社長は経営理念を掲げる。稲盛哲学の根底にある「心に描いたものは必ず具体化していく、心に描いたとおりの人生が出現していく」という考えからだ。本連載では、『一生学べる仕事力大全』(致知出版社)に掲載されたインタビュー「利他の心こそ繁栄への道」から内容の一部を抜粋・再編集し、稲盛氏が自身の人生と経営について語った言葉を紹介する。
今回は、若きベンチャー経営者としての悪戦苦闘と仕事への没頭を振り返る。
経営理念に込めた思い
――私が改めて感銘を覚えるのは、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」という経営理念です。よく20代でこれだけ完璧な経営理念を考えられたなと。
そうですね。よう言うたもんですね(笑)。
――この頃から既に、利他の心の萌芽(ほうが)が表れていますね。
この経営理念は会社を設立して3年目につくったんですけど、7~8名の若い高卒の従業員たちが突然やって来て、「給料を上げてくれ」とか「賞与を保証してくれないと安心して働けない」ということで、団体交渉みたいなことがありました。私は「いまは会社もできたばかりで何にもしてやれないけれども、俺を信じてついてきてくれ。きっと会社を立派にして、皆さんの待遇もよくしてあげるから」と説得し、命懸けで仕事をしました。
団体交渉:労働者側が団結して、多人数で使用者側と労働条件などについて話し合うこと。
私の才能と努力と技術でもって、京セラをつくっていったわけですから、ともすると天狗になって自分のために経営していたかもしれません。けれども、そういう従業員に出会ったために、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」という経営理念を思いつき、それに基づいて会社経営をしていこうと思ったんです。