八丈小島の奇病「バク」

 八丈島は伊豆諸島の一つで縄文時代から人々が居住した遺跡が残っているようです。本州から遠く離れていますが、本土との連絡は緊密で、長らく「流刑の島」として知られてきました。

 この八丈島(本島)の西約7.5キロに位置する八丈小島は、1969年の「集団離島」以降、現在は無人島ですが、かつては足が象のように腫れあがってしまう原因不明の風土病「バク」(象皮病)の感染で恐れられていました。

 第2次世界大戦後、東京大学医学部の佐々学(当時は助)教授(1916-2006)は、軍医として南洋から復員後、日本に残存する伝染病として「バク」に注目。

 フィラリアであると察しがついたので、現地調査に赴き、採血検査によってフィラリアと確定。米国への短期留学を挟んで1950年、2度目の八丈小島渡航の折、「キンギョ」を3匹、本土から持参しました。

 キンギョはボウフラを食べる、蚊の天敵です。

 結論だけ記すと、その後、NHKのヘリコプター協力による殺虫剤DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)(1948年、パウル・ヘルマン・ミュラーのノーベル化学賞業績。現在では発がん性などが疑われ使用が禁止されている)の大量空中散布などが行われるのですが・・・。

 効果は2か月ほどしか続かず、しばらくすると耐性をつけたハエや蚊がわき始めます。

 これに対して、たった3匹のキンギョを放った天水槽は6年後、全くボウフラがわいておらず、2センチ程度だったキンギョは15センチ以上に成長していたそうです。

 佐々教授らは本土からキンギョ50匹、メダカ200匹を苦労して八丈小島まで運び、これら「外来種」が在来種の蚊を「食い尽くす」ことで、「風土病バク」ことフィラリアの根絶に決定的に寄与したとのことです。

 大阪万博でのユスリカ対策にも同様な考え方が有効ではないかと考えられます。

 近年の害虫対策傾向としては、短命になるよう、あるいは生殖能力が低くなるよう遺伝子を組み替えた害虫をエリアに放ち、それらと交雑させることで、種全体を撲滅するような駆除法も普及しているようですが、即効性が必要な大阪万博には間に合いません。

「ウオータープラザ」で「キンギョ」や「メダカ」あるいは「グッピー」「タナゴ」「ハゼ」さらには「ムツゴロウ」など飼ってみても、万博の関係企業が対策ビジネスで大幅に儲かるようなことはないでしょう。

 しかし、適切な数、適切な形で放流すれば、ユスリカは高速での減少が期待されます。

 ここでは、いったんカネ儲けの視点を外し、純粋に科学的に対策を考えたら、案外単純で非常に効果的な方法が導き出される可能性がある。

 それから、水中に10円玉を投入すると、水面に銅イオンが発生してボウフラの発生を抑えるという話がありますので、ウオータープラザの真ん中に夢洲水地蔵尊でも祭って、賽銭を投げ入れるよう、来場者に求めるのも一興かもしれません。

 賽銭は環境調和的な害虫駆除事業に寄附するなどすれば人道的でしょう。

 なお、冒頭にも記しましたが、東京ディズニーリゾートのような常設型で閉鎖系のテーマパークで蚊の発生がほとんどないのは、水を強制的に還流・浄化しているからです。

 そうした当たり前の対策を取らなかったのは、万博全体を設計したデザインチームの落ち度だと思います。

 本稿のブレーンとなってくださった心ある専門家方は、ストレートな怒りを持って告発しておられました。私はもう少しユーモアを持って指摘しようかと思ったのですが結果的に今回は直球の稿となっています。

 日なたに溜まり水を置いて虫がわかないほうがおかしいのは、平安時代、寝殿造りの屋敷や庭を施工した職人の方がよほど分かっています。

 元来「風水」とは霊感商法ではなくそうした知恵であった事実に、亡くなった建築家の磯崎新さんは言及しておられました。

 リアルなリスクを直視できなかった今回万博、主催者の責任も静かに指摘しておきたいと思います。

5月31日午前11時55分追記(編集部より):当初の記事にユスリカが「ハエ科」との記述がありましたが、「双翅目」の間違いでしたので訂正しました。読者の皆様には深くお詫び申し上げます。