写真提供:日刊工業新聞、Jakub Porzycki/NurPhoto/共同通信イメージズ※POLAND OUT

 かつては“総合商社の万年4位”と言われた伊藤忠商事。21世紀に入ってからの成長ぶりは目覚ましく、2021年には純利益、株価、時価総額において業界トップに立った。大学生の就職希望ランキングでも、男女ともに圧倒的な人気を誇る。伊藤忠で何が起こり、経営や組織はどう変化したのか。本稿では『伊藤忠 商人の心得』(野地秩嘉著/新潮新書)から内容の一部を抜粋・再編集。岡藤正広会長、石井敬太社長をはじめとするキーパーソンの言葉を通して、近江商人をルーツに持つ同社に脈々と受け継がれている商人のマインドを明らかにしていく。

「ブランドの伊藤忠」として認知されるきっかけとなった、ジョルジオ・アルマーニとの契約。その裏で行われていた周到な計画とは?

すそ野を広げれば頂上は高くなる

伊藤忠 商人の心得』(新潮社)

 仕事をしているうちに学習し、ひとつのやり方で成功したからといってそのやり方に固執しない。融通無碍と臨機応変が伊藤忠の商売心得である。

 ブランドビジネスに新機軸を打ち出していった伊藤忠は業界で存在感を高めていった。

 従来、ジョルジオ・アルマーニ、アルフレッド・ダンヒル、ブルガリといったビッグブランドの独占輸入販売権は、百貨店もしくは老舗小売り店が持っていた。それを伊藤忠が手中にすることができたのである。

 なかでもジョルジオ・アルマーニの独占輸入販売権は財閥系商社、百貨店が入り乱れて権利を取得するために争った。その交渉の担当者が岡藤だった。

 アルマーニの独占販売権を取った時、岡藤自身はそのブランドを愛用していたわけでもなく、特段の思い入れもなかった。だが、「これはお客さんが欲しがっているブランドだ」と確信できたから契約交渉に手をあげたのである。

「繊維部門にいた時、若い社員から提案があった。『岡藤さん、これ、海外で流行っているから日本でも売れますよ。私自身、大好きで毎日のように着ています。うちの会社で権利を取りませんか』と。

 そういう時、僕は『君が好きな商品は自分で買いなさい。会社が権利を取ろうと思うのは、お客さんが欲しいと言ったもの』と答えてきた。自分が好きだからこれは売れると思って、独占販売権を取ってきても買うお客さんがいなかったら困るで。お客さんが欲しいものをやる。それが原則。

 僕はアルマーニをやった時、それがどういうもので、どれくらいの価値があるのかよくわからなかった。周囲に聞いて、現地に行って、しかもお客さんたちに訊ねてみて、これなら間違いないと思ったからお客さんのために取ってきた」