伊藤忠商事 岡藤正広 代表取締役会長CEO
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 かつては“総合商社の万年4位”と言われた伊藤忠商事。21世紀に入ってからの成長ぶりは目覚ましく、2021年には純利益、株価、時価総額において業界トップに立った。大学生の就職希望ランキングでも、男女ともに圧倒的な人気を誇る。伊藤忠で何が起こり、経営や組織はどう変化したのか。本稿では『伊藤忠 商人の心得』(野地秩嘉著/新潮新書)から内容の一部を抜粋・再編集。岡藤正広会長、石井敬太社長をはじめとするキーパーソンの言葉を通して、近江商人をルーツに持つ同社に脈々と受け継がれている商人のマインドを明らかにしていく。

 入社5年目で輸入アパレル製品の営業担当となった岡藤会長。客から説教されてばかりだったという当時、やり手の先輩営業がかけたある意外な言葉とは?

商人は水

伊藤忠 商人の心得』(新潮社)

 入社5年目、彼はやっと営業に出た。最初は当時の課長が一緒だった。

 岡藤は営業になった時、ひとつの「商人の言葉」を持っていた。贈ってくれたのは当時の本部長。後に伊藤忠の副会長になった商人としての先輩だ。

「商人は水や」

 岡藤の脳裏にはそのひとことが焼き付いていた。彼の一生を決めた言葉であり、座右の銘とも言える。岡藤は説明する。

「水は方円の器に随うという言葉がある。水は器に随い、器が丸ければその形になり、器が四角であれば四角にもなる。商人も水のようにお客さんに合わせなくてはならない。そんな意味です。

 商人はお客さんが欲しいものを見つけて持っていく。お客さんというのはマーケットの要望。僕はしきりにマーケットイン、マーケットに聞けと言っているが、それはこの時の言葉から来ている。

 全部とは言いませんが、日本のメーカーの多くは技術力があっても商売にしていないところがある。考え方がプロダクトアウトなんです。自分が作ったものにお客さんは合わすべきだ、あるいは自分が作ったものを必要と思うお客さんだけが買えばいい、と。それでは長続きしないし、世界のマーケットに対応できない。