
(平井 敏晴:韓国・漢陽女子大学助教授)
韓国で李在明(イ・ジェミョン)大統領が誕生した。
日本を「敵性国家」と発言したこともあり、昨年までは、歴史問題にこだわらず対日友好政策を進めた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の外交を「屈辱外交」と揶揄(やゆ)。福島第1原発の処理水放出に抗議する反対運動では先頭に立ってシュプレヒコールをあげ続け、ハンガーストライキを一人で実施して病院に担ぎ込まれたこともあった。まさに、日本を相手にすると歯に衣着せぬ発言をしてきたその人である。
ところが昨年の暮れから突然、日本愛を語り始めた。当初は所属政党から「党の考え方とは異なる」と総スカンをくらっていたが、それでも日本愛のトーンは大統領選挙期間中に徐々に高まった。そして就任宣誓の辞では、「韓米関係を土台に、韓米日の連携を固める」と述べた。まるで、自身が「屈辱外交」と批判した対日姿勢を引き継ぐかのようだ。
それは今のところ、根も葉もない発言ではないらしい。就任宣誓のあとに開かれた記者会見では、慰安婦問題をはじめとする歴史問題をめぐる懸案事項でも、「日韓関係には政策の一貫性が重要」と述べ、尹政権の対日政策を事実上継承する意向を示した。
特に徴用工問題では、韓国の財団が賠償金の支払いを肩代わりするという、尹政権が打ち出した方針を引き継ぐという。福島処理水放出問題についても、「モニタリング強化」の方針を示すにとどめ、かつての反日の勢いは鳴りを潜めた。
尹大統領が日本に融和的な姿勢を示す理由には、いくつか考えられる。
空前の日本ブームで40代以下であれば旅行先としてこぞって日本を選び、海産物も含めて日本文化を堪能している。そのタイミングで福島処理水放出などをめぐり強硬的な態度を示すのは、そうした風潮に逆行し、国民からの支持が得られにくいどころか、政権への違和感を引き起こしかねない。
なによりもひどく停滞した経済を復興させるには、日本を敵に回している余裕はない。韓国の実質GDP(国内総生産)成長率は今年の第1四半期は前期比でマイナス0.2%だったのだ。5日には首相候補に指名された金民錫(キム・ミンソク)氏が「第2のIMF状況」だと述べている。つまり、1997年に国際通貨基金(IMF)から救済されたときと肩を並べるほど厳しい経済状況という指摘だ。そのため、李大統領にとって経済復興は政策の一丁目一番地であり、対日関係の悪化は害にはなっても利にはならない。
その深刻な経済を復活させるために絶対必要であると説いてきたのが、分断した社会の再統合である。